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怠惰な男の多忙な日常
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 すっかり桜の季節だなあ。

 今でも、桜を見て単純に喜べない自分がいることに気がつくことがある。桜が悪いわけじゃないけどね。

 桜といえば、日本では「軍国主義」の印象がついてまわるからだ。だいぶ前に、このことについてはここで書いた記憶があるので、ことさらこのことに触れるつもりではないが、今では「桜がきれい」だと思うことと「軍国主義のイメージ」とをできるだけ切り離すようにしている。

 とはいえ、やはり「お国のために」と若い命、そして、直接兵隊として戦闘に関わらなかった人々の命まで巻きこんだ戦争を繰り返してはならない、と桜を見ると思わずにいられない。

 今年の場合、さらにそんな思いを強くしてしまう。何しろ憲法が変えられようとしているときである。

 憲法というのは、法律とは性質が違う。憲法は、国の在り方を示す柱であり、国家に対して「こうしなさい」ということを定めたものである。

 時の権力者が、自分の都合でひょいひょいと「国の在り方」を変えることができないよう、憲法を改定するハードルを高く設定してあるのだ。

 日本は、大政奉還から明治政府へ政治構造の大転換が起こって以来、対外的に侵略・植民地支配をつづけ、国内には「富国強兵」政策をすすめて軍国主義・帝国主義の道をひた走った。
 1945年に敗戦という形で、その時代に別れを告げ、「これからは戦争を2度としない」ことを誓ったのが現行憲法である。

 現在は、朝鮮半島や中国との緊張状態が起こり、「日本も軍隊を持つべき」だとか、「戦争しないと言っているからなめられる」という論調も目立つ。そうした報道も多い気がする。
 現実問題として、ミサイルが飛んでくることがあれば、そのミサイルを撃ち落とす必要はあろう。が、しかし、それで「仕返し」とばかり、ミサイルを撃ち返すとか、相手の国に殴りこんで行っていいかどうか。

 戦争をしないと誓った国が、再び銃をとれば、その国の信用が失墜することは明らかだ。銃で相手を脅して利益を得ようとするのは強盗であり、決して「平和を望む国」ではありえない。

 強盗する国は、また、強盗された国からの恨みをかう。そして、いつでも戦争できるように備えなければならない。「いつでも戦争できる国」は「平和」でないことは明白だ。


 今ある日本の平和は、自然現象でもあたり前にあったものでもない。国民の必死の努力があってこそだ。

 今の日本国憲法が現状に合わないのは、憲法が時代遅れなのではなく、憲法のめざす国づくりをしてこなかった国家が悪いのだ。そのことを見誤るべきではない。第一、いまどき「力づく」で国際紛争を解決しようとする方が時代遅れもはなはだしい。
 そのことは、9.11以来、アメリカが進んできた道を見れば明らかではないか。

 平和をつくるために武力はいらない。平和な国づくりをめざす日本の役割はこれから先の国際社会で重要になってくるだろう。こんなときに憲法を変え、日本の体質を変えようとする政治に、黙ってはいられない。




 こっちのブログでこんなことを書くのは珍しいんだけど、まあ、たまには。ね。


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 私も含めて、みんなが日常生活を送るなかで、「普通」とか「一般的」とか「平均的」といった感覚って、結構多いと思う。

 この普通とか一般的という言葉は、しばしば「みんな」という捉え違いを引き起こすことがある。

 うちの子はみんなが定時制高校に通学中で、定時制は基本4年制。うちの子が通う高校は3年で卒業できる仕組みもあって、その気になればうちの子も3年で卒業できたのだが、本人の希望で今年も通っている。

 「『普通なら』高校を卒業し、就職なり進学なり浪人なりの生活に入っている」と書けば、それはそれこそ「普通に」受け止められるだろう。

 だが、この文章の裏には、うちの子が「普通でない」とも表している。この場合は、普通というのは「標準」とほぼ同義だろうな。



 この「普通」って言葉、私は気をつけて使うようにしている。なぜなら、多くの人にとって「普通=平均的」だったり「普通=圧倒的多数」であったり、「=標準」であったりするからだ。

 うちの子は、親の私が言うのもなんだが、とても良い子だ。だが「普通」の枠からは多分はみ出している。この場合は、「普通よりも劣っている」とされることが多いし、うちの子もそう思われている。



 しかし、その「普通」枠、普通でもなければまともでもない。うちの子が高校に通うようになって痛感したことである。

 そのことが分かったとたん、私も子も解放された。


 考えてみてほしい。自分の中の「普通」枠を。この世の中、いろんなハンデを背負って生まれる人もいるし、事故などでハンデを背負ってしまう人も大勢いる。発達障害を抱えていたり、学習障害を抱えて育つ子も大勢いる。

 そんな人たちがいることもまた「普通」の状況であり、かれらを「普通じゃない」という理由で疎外(こういう場合は、ほとんどの人が自覚していない)することが間違っている。



 いろんな人がいていいじゃないの。それが当たり前でしょ?そんな人たちを受け入れない社会の方が絶対に普通じゃない。そう思わない?


 ツイッタ―って手段もあるけど、なんだか窮屈で。こっちに書いてみた。
 長崎へ2泊3日の日程で行って来た。観光ではなく「原水爆禁止世界大会」への参加がが主目的である。
 幼少のころは親に連れられて気軽に行っていたのだが、いつからか、すっかり行かなくなっていた。大人になって、おまけではなく、主体的に大会に参加するのは初めてである。ついでに言えば、私は長崎には何度か行っているが、広島へは行ったことがない。わが娘は、学生のみんなと一緒に広島大会・長崎大会ともに行った経験がある。ちょっとくやしい。
 何度も参加している人によれば、今年の世界大会はこれまでとはちょっと様子が違っていたらしい。というのも、東日本大震災による福島第一原発の事故のことがあったからだ。「ノーモア・ヒロシマ、ノーモア・ナガサキ、ノーモア・ヒバクシャ」と、ずっと訴え続けてきた、戦争による被爆地・日本で、よもや新たな被曝者をうみだそうとは。
 今回の世界大会への参加は、私に新たな認識と、ちょっとだけ勇気をくれた。
 これまで、私はなんだかんだ言いつつ、核兵器と原発とをまったく切り離して考えていた。私がもう少し賢ければ、気がついたはずのことを、福島第一原発の事故と、その後明らかになる原子力エネルギー行政の恐ろしくも愚かしい歴史を知るにいたって、ようやく目を覚ますことができたのだ。
 安斎育郎氏の話もためになり、青森の原発建設用地買収を最後まで断り、計画の変更までさせた老婆の言葉に胸をうたれた。
 「この山と海を守れば、人間は何があっても生きていける。原発を造ってしまえば元にはもどれない。いくら金を積まれたって、この土地を売るつもりはないよ」…私はこの老婆がどこのだれかは忘れてしまった(失礼)。だが、この言葉だけは一生忘れないだろう。
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多趣味なナマケモノの日々の思考や生態を自ら観察、研究して暴露する。
と言っても「暴露」するほどすごいことでもないが。
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